白い虎ではなく
その男は歴代の当主のように特別な白色ではなかったが、民には好かれた。
彼が産まれたのはよく晴れた夏の日であり、その年は特によく咲いた向日葵がとても印象的だったので百の黄色で百黄が良いのではないか、とその島の長年の見守り役である蛇様が言うものだからそのような名前になった。
輝かしい黄金の花のようにまっすぐで明るい、頼れる党首に男は成長した。
だがある嵐の日、荒れ狂う海の中に男は消えてしまう。
忘却を差し伸べる龍
(……死に損なった)
目覚めて真っ先に思うことはそれだった。続いて、口内と肌に張り付く砂と、刺すような日差しの暑さへ対する不快感がやって来る。
ゆっくりと重い身を起こせば辺り一面の青い海、白い砂浜。空は快晴。
(……一応別の島には流れ着いた、か)
自然豊かで海がある、という点は男の故郷に非常によく似ており、またそれらは大した個性を持たないが、島の当主であった男が故郷を見間違えるはずはない。
口内に広がる砂を唾に混ぜ吐き捨て、皮膚に貼り付く砂を払い落とした後、百黄は口を開く。
「なあ兄さん。1つ話を聞いちゃくれないか」
百黄の背後には男がいた。この暑い日に不釣り合いな厚い上着を羽織った黒い大きな男が。百黄が目覚めた時からこの男はそこにいた。
百黄は季国の中でも暖かな場所に浮かぶ小さな島の当主であった。
それなりの苦労をし、周りから見ればごく自然な生活を送ってきた。
「その自然な生活をおくることが、俺にはあまりにも難しかった。何でもないようにやってみせることに、疲れてしまった」
「……出来ないものは仕方がないだろう、素直に出来ないと打ち明ければよかったものを」
「……だが厄介な事に、俺がそれを許せなかった」
何か理由があったわけではない。元々の己の気質なのだろう。
誰かから愛されると嬉しさや喜びはあるが、それ以上に重たい何かが自分の心にのし掛かる。誰かを愛することは幸せではあったが、それ以上に周りに合わせるための義務の様な気がしてならない。義務だと感じてしまうことに更に罪悪感を覚える。
こんなのは愛する相手に不誠実だと、自身が己を責める。
いっそのこと血も涙もないような心の持ち主になることが出来ればと何度も願った。しかし百黄は人一倍正義とやらには興味があった。
何故自身の心はこんなにも協調性が無いのだ。呆れるのももう何度目か。
何回、何百回、何千回。
考えても答えは出ない。そして考える間にも愛は、義務は、増えていく。
それらはあまりにも重く、百黄の心を潰すには充分だった。
「……俺も別に死ぬ事だけを考えて荒れ狂う海の様子を見に行ったわけじゃなかったんだ。ちゃんと当主らしく見回りをして帰ろうと思っていた。思っていたんだ。だが体は動かなかった」
「期待もしていた、と?」
「そうだな、期待はいつもしていた、……いつも」
いつか命の終わりがあっけなく来ることを、期待していた。それは間違いない。だがそれも家族や友人に申し訳ない気がして、ここまで終わりを先延ばしにしていた。
つくづく己は臆病な人間だと百黄は自嘲した。
「そして今もこうして生き残った。……呆れる」
「ここで生きるという選択肢は?歓迎するぞ」
「無い。どうせここで過ごすうちに俺は俺を責める。皆を残して何をやっているのか、と。何より、ここでまた愛を増やしたくなんかない」
「ーーそれらを一切合切、忘れることが出来たとしたら?」
「!」
百黄は思わず男の方を振り返る。
「……何を馬鹿なことを」
「馬鹿?名案だと思うのだが。全てではなくともいくらか忘れれば心も軽くなるだろう」
「っ、じゃからおいの性格上そうしちぇも意味が無か…「……だから長年抱えてきた違和感ごと忘れてしまえよ」
ぞっとするような冷たい声だった。だが男は笑っている。
汗ひとつかいていないその姿に今が快晴の夏日であることを忘れてしまいそうだ。
その男が作る影はあまりにも昏い。
忘却の先、はじまり
「その煩わしい葛藤が捨てられないのならば、抱えていることすら気づかない状態になればいい」
「お前……」
この男はなんとまあ、悪いことをきれいな顔で言い放つのか。百黄は思った。
今の言葉だって悪意など微塵もない。百黄に対する純粋な好意だ。伝え方と手段を選ばないだけで。
「お前の言う通りにしたとして、お前に何の利益がある」
「利益?うん、利益か。そうだな、おまえを愛することができるな」
「な」
「おれは愛したいものを愛したいときに愛する。それが出来ないのは非常に不愉快だ。お前が忘れてくれなければ困るよ。その為にお前はここに来たのだから」
その言葉に嘘がないことが百黄を困らせた。この男は普通ではない。
今日出会ったばかりの人間を愛する?何を馬鹿なことを、と出かけた言葉を百黄は呑み込む。
目の前の男は明らかに人間ではない。自分とは異なる価値観で生きているはずの彼にあれこれ言うのは野暮だろう。
それに何より、疲れてしまった。
愛について、生きることについて、死ぬことについて、悩むことに。この暑さにも、目の前の男の言葉に疑いの言葉を投げ掛けることすら、疲れてしまった。
この男の言うとおりにして忘れることが出来なかったのならその時はもう一度荒れ狂う海に身を投げれば良い。それだけのこと。
「……忘れ、させてくれ。」
「いいんだな?」
「ああ。……お前の思い通りに、愛されることにも愛することに疑問も息苦しさも覚えない奴にしてくれよ、俺がなりたかった姿だ」
「……承知した。この箱庭で、お前を歓迎しよう」
薄れていく意識の中罪悪感と同時に胸に広がる思い。
「ああ、これで休めるな」
1日も休まず生きた「人間」の、長い休暇が始まる。
- 名前
- 右月 百黄(うづき びゃっこ)
- 年齢
- 見た目41ぐらい
- 性別
- 男性
- 一人称
- 俺(おい)
- 身長
- 166㎝
- 好きなもの
- 酒(人と飲むのが好き)・ゴンザレス(ぬいぐるみ)
「夏の光と影、手放した記憶は曖昧で」
寅の役。
名前の由来は百の黄色で向日葵、ということらしく白い虎ではない。これでも実年齢は十二支で下から2番目。
島の外から流れ着いた。外での記憶がところどころないが、うっかりすると強めの方言が出る。
基本的にニコニコ優しいが、たつみを慕うため意見はややたつみ寄り。
